浜見舞-hamami mai-

 

 

 

はたき、うたい、おどる。

 

 

 

太鼓を通じたルーツへの旅。

 

2014/3/22-4/3 オーストラリアWS&LIVEツアー写真。

オーストラリアで出会ったみなさんありがとう!!

 

今でこそ故郷、伊豆諸島の島々へは定期船とよばれる船が就航し、行き交う人々や生活物資を運んでいる。

しかし一昔前は、船を接岸する港がなく、「はしけ」と呼ばれる舟渡しの作業をして人や物資を島へと上陸させていた。まともな重機もない時代、これが非常に大きな危険と隣り合わせの作業であり、また大変な労力を伴うものであったことは想像に難しくない。

 

私の故郷青ヶ島では、かつての港(神子ノ浦)は生活区である陸(おか)から断崖絶壁の崖を200mほど降りたところにあり、島人たちは牛の背に荷物を乗せ、自らもそれを背負い、道とは呼べぬけもの道を上り下りしていた。

この港から運ばれた数百、数千の玉石は島の一番高い山にある神社にまで石階段や玉石垣として、その姿を残している。

 

昔人の生活力と自然への信仰の厚さが生んだその軌跡は、今では信じがたいものにすら感じてしまう。しかし、それは決して遠い昔の話ではなく、数百年前から、ほんの数十年前まで続いていた昔人たちの生活なのである。

 

当時、おそらく数ヶ月に一度の船。

島の外との交流のない生活の中で、船が来るということほど心舞い躍るできごとはなかったはず。

そんな船が島に着く日。久しぶりの島への帰還、本土からの食料をはじめとした荷に喜ぶ人、また別れに悲しむ人、遠く暮らす家族や友人から届いた手紙を海に濡らさないように大切に受け取り、その場で返事を書く人。

 

はしけを終えた島人たちは、船が無事に到着した大きな喜びとお互いへのねぎらいの気持ちを込めて、ひと時の穏やかな表情を見せる浜(はま)を眺めながら浜見舞いを踊ったそうです。

 

 

 

 

『浜見舞』は新島出身の小澤さと、青ヶ島出身の荒井康太によるユニットです。
伊豆諸島南部の伝統太鼓や島唄に、北部に伝わる島唄や踊りを加えて演奏しております。
伊豆諸島の島々はぞれぞれに生活環境が異なり、文化も言葉も、唄や太鼓も踊りもそれぞれに共通する一面も、大きく異なる一面も持っています。そのため、そのすべてを正しくお伝えすることはできません。

しかしながら、現代の島に生まれ育った表現者である浜見舞の太鼓や唄を通じて、数百年と、脈々と息づく島の音楽文化の一端を感じていただけたら幸いです。
 
私たちをきっかけに伊豆の島々の芸能や文化に興味を持っていただけたり、またそういった文化が私たち島人自身の大切なものとして、生活の中のひとつの楽しみとして、絶えず生き続いていくことを心から願っています。

 

 

 

浜見舞  

 

                                  

 

 

 

活動を支えてくれるみなさま、応援してくださるすべてのみなさまに感謝を込めて。